「視覚化景迹」解説

牧師 田中亘




この言葉は私の造語であります。
しかし、私の信仰から生まれた言葉でありまして、私の信仰を語るために、敢えてこの言葉を作りました。

「視覚化(しかくか)」という言葉ですが、この言葉の意味は「見ることの出来ないものを、形に表して、見て分かるようにすること」であります。

また「景迹(きょうじゃく)」とは「行状、心ばせ、心底、あやしく思う、推量、推察」などを意味する言葉であります。

そこで、見ることが出来ないもの、とはなんでありましょうか。
人の心、など見れませんね。霊の世界も見えません。
と言うことは「神様」は見えません。
ヨハネという人は、彼の書いた手紙の中で「誰も神様を見た人はいません」と言っておりますが、事実であり、真実であろうと思います。
私たちは神様を信じておりますが、まだ、見ておりません。でも、その神様を知っております。なぜですか。
それは神様がご自分を形にして私達に見せて下さったからであります。

そうです。イェス様であります。

イェス様はこの地上にお出でになり、神様の「愛」をお示しになられました。
神様の、人の犯す罪の購い、を示して下さいました。
要するに、私たちはイェス様を見て、イェス様を通して、神様がどのようなお方であるか判ったのであります。まさに「視覚化」そのものであります。そしてイェス様はご自分の行状、心ばせを通して、いろいろな神様の心を教えて下さいました。イェス様の行い、イェス様の行状が、言動が、すべて神様の御意であったのであります。イェス様を通して、私たちは神様を知り、神様を信じ、神様に従うようになったのであります。すなわち、これが「景迹」なのであります。ですから「視覚化景迹」とは、神様でありイェス様であるという言葉であります。私たちがイェス様の思い、イェス様の教えを行うなら、それはイェス様の景迹であり、イェス様を通して神様を実感できることは神様の「視覚化」なのであります。

おわかり頂けたでしょうか? 
どうぞ、この言葉の意味を理解して、神様と接して下さい。


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