流れのほとりに植えられた木 のプロフィール スウェーデンハウス一年を過ぎて
流れのほとり、に植えられた木のように、時が来ると実がなり、その葉は枯れない。
その人は、何をしても栄える。そうなりたい!
神は、キリストによって、
私たちをご自分と和解させ、
また和解の務めを私たちに与えてくださいました。
すなわち、神は、
キリストにあって、この世をご自分と和解させ、
違反行為の責めを人々に負わせないで、
和解のことばを
私たちにゆだねられたのです。
こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。
第二コリント5:18-20

神が多くの子たちを栄光に導くのに、
彼らの救いの創始者を、
多くの苦しみを通して全うされたということは、
万物の存在の目的であり、
また原因でもある方として、ふさわしいことであったのです。
聖とする方も、聖とされる者たちも、
すべて元は一つです。
それで、主は彼らを兄弟と呼ぶことを恥としないで、
こう言われます。
「わたしは御名を、わたしの兄弟たちに告げよう。
教会の中で、わたしはあなたを賛美しよう。」
またさらに、
「見よ、わたしと、神がわたしに賜った子たちは。」
と言われます。そこで、
子たちはみな血と肉とを持っているので、
主もまた同じように、これらのものをお持ちになりました。
これは、その死によって、
悪魔という、死の力を持つ者を滅ぼし、
一生涯死の恐怖につながれて奴隷となっていた人々を
解放してくださるためでした。
ヘブル2:10-15