TOP PAGE OMF@宣教師.come 宣教ニュース 東アジア宣教ノート 宣教カレンダー OMFについて リンク e-mail



2005年9月号  page1  page2


「私たちのために祈って下さい」

 「祈ってくれ!」
 受話器を取ったジョー兄(仮名)の耳にハアハアと息を切らせながらの声が飛び込んできました。
 「俺たちのために祈ってくれ!もしかしたらこうして話せるのもこれが最後になるかもしれない‥‥。」
 その声はなおもあえぎながらこう続けました。
 「一時間もしたら集会が始まる。そこで何が起こるかわからない。もしかしたら逮捕されるか、殺されるかもしれないんだ。祈ってくれ!」
 相手の電話が切れるやいなや、ジョー兄はそのままその場に膝まずき、祈り始めました。
 二年前、ラオスのA県のクリスチャン達は信者同志が固い絆で結ばれた教会に属していました。しかし教会の老リーダーのウドム兄が逮捕、投獄されて以来、怖れ落胆した教会は解散状態になっていました。
 「十五年の禁固刑に処す」
 裁判官から判決を下され、法廷から連れて行かれる前に、ウドム兄はいったい自分がどんな罪を犯したのか、と裁判官に問いました。
 「国家反逆罪だ。」
 裁判官はこう答えました。
 「キリストへの忠誠は反逆罪に当たる。」
 それから二年、クリスチャン達はウドム兄が釈放されるまで、ただ待ち続けることはできないと思い始めました。刑期があと十三年もあるためだけではありません。刑務所は極端に不衛生で劣悪な環境で、高齢者のウドン兄が生きて出て来られるような所ではなかったのです。
 ラオスの警察はクリスチャンの信仰表現を禁じており、食前の祈りすらも不法行為とみなされてしまいます。しかしA県のクリスチャン達は、クリスマス祝会を開き、教会をもう再結成する決心をしたのです。
 集会の準備は控えめなあまり目立たない形で急いで行なわれました。しかし、キリストの生誕を祝うことがとても危険な行為とされる地で、ちりぢりにされて落胆しきっていたクリスチャンの群れが、それでも集会を行おうとすること自体が大きな前進だったのです。
 集会前の十日間、村はそのクリスマス祝会の話でもちきりでした。クリスチャン達は隣人や友人、家族、村の村長達と政府の役人達をも招待していました。それは最も状態の良い時でさえ危険なことでしたし、まして教会リーダーの投獄後にあってはなおさら危険なことでした。
 集会は伝統的で落ち着いており、かといって堅苦しくもない形で、キリストの生誕に焦点を合わせたものでした。子供達はゲームとお菓子を楽しみ、大人達にはクリスマス物語が朗読されました。家族みんなが楽しめ、参加者全員がくつろげる雰囲気の中、たとえ不法とはいえ明確にキリストの降臨を祝う集会でした。
 母親達は幼子達をおぶい紐で背負って集会につれて来ました。その後に父親達が続いて来ます。友人達や仕事仲間達もポツリポツリと顔を見せ始めました。そしてついに地元役人達が姿を見せ始めました。クリスチャン達がどんな集会をするのかを見るために役人達全員がやって来たのです。この時に教会員の一人が、隣の県に住むクリスチャンのジョー兄に祈りの要請の電話をしに走りました。
 その日、一人の死傷者も逮捕者も出ませんでした。それどころか、村のリーダー達は教会の集会に反対せず、一時的にしろ「勝手にせよ」、という態度を示したのです。
 その後、教会は大きく実を結び始めました。キリストを信じる人々の数は膨れ上がり、間もなく教会は四十人のクリスチャンの群れとなりました。遠い村々から六十キロの道のりをやって来る人々もいました。さらに、毎週すし詰め状態のバスで教会に来る現状の中で、クリスチャン達が自分の村で教会が始められるようにと訓練会が開かれ始めました。
 しかし、そうした霊的成長に伴って、反発勢力も起こり始めました。ある日訓練会の場で、リーダー達が激しくなってきた迫害に対しどのようにすべきかを話し合いました。
 「ダニエル書の神を信じますか?」 やがて、ジョー兄が一同に向かってこう問いかけました。
 「神は支配者らの心をも変えられるのです。神はネブカデネザル王も神のもとに立ち返らせたお方です。この神にこの状況を変えて下さるよう祈るべきじゃないでしょうか。」
 そしてその一週間後、教会員達に対して、投獄するぞ、と脅し続けていた村の一役人自身が、ある罪により彼自身投獄されたのでした。


「学生主体の萌芽」
カンボジア プノンペン 菅家庄一郎、容子

キャンプの小グループのひとこま  七月八日〜十日までクリスチャン学生のためのキャンプをしました。お祈りをありがとうございました。日本から北海道聖書学院の皆さんも参加してくださいました。移動中のバスの中で、カンボジアの最新のカラオケビデオを見ながら、学生から最近人気の歌手をはじめて教えられ、自分がいかに「おくれている」か知らされました。「福音とは何か」「クリスチャンとはだれか」「教会とはなにか」というテーマでメッセージがなされました。今回のキャンプは学生の参加者は十三名と少ない人数でしたが、その分、親密な交わりができたようです。キャンプ後、参加者の反応を聞いています。「自分の教会に問題があるので祈祷会を始めたいと思っている。」「以前は一週間に三〜五日しかデボーションしていなかったが、キャンプ後は五〜七日デボーションをしている。」「教会の礼拝でいつかキャンプの恵みを証ししたい。」などの反応がありました。また、しばらくコンタクトのとれていなかった卒業生も参加できてよかったです。御言葉に揺り動かされた学生たちが、神様につきうごかされて、主に栄光を帰す行動を起こしていくことができるようにお祈りください。(庄一郎)
キャンプ場の近くの市場で  今回のキャンプで私にとって一番印象的だったのは、グループタイムでした。といっても、今回は外国人が入らず、カンボジア人学生のみのグループタイム。私達は外から、祈りつつどんな交わりが展開しているのか、気をもみながら、聖霊の働きに委ねる時でした。多くの学生が、グループタイムがとても良かった、励まされた、と言っていました。この国で学生伝道の働きをしていく中で、一番苦悩していることは、横の交わりが生まれない、育たない、と言うことです。今回、ぐっと我慢のグループタイムは、主が確かに働いてくださっていることを改めて覚えさせられる時でした。
 初めてキャンプに参加したチェンダーとティダー姉妹は、つい最近、教会の青年会の働きを励ますため、自宅で土曜日に祈祷会を始めました。また、キャンプに申し込んでいたのに直前に事情で来られなかったラチャナー君もまた、彼の教会の青年会のため、トナーイ兄やスリエン兄と祈祷会を始めたいと言ってきました。みこころのままに、学生達の間に働き、志を立てさせ、事を行わせてくださる主を信頼し、また期待しつつ、彼らを励ましていきたいです。皆様のお祈りに心から感謝しつつ。(容子)

【祈りの課題】
1.OMF学生伝道チームのメンバーが大きく変わります。シンガポール人のスリーンさん、日本人の鶴岡徹也兄、イギリス人のケイティさん、と菅家師達が新しいチーム・メンバーです。主からの一致のもとに働きをすすめていくことができますように。
2.音楽大学が移転することになり、学生センターが臨時の音楽大学の教室になっています。OMFのアリス師やサイモン兄がバイオリンなどを教えています。求道する学生が起こされますように。また、大学の場所が変わっても続いてクリスチャン学生が集まることができますように。


「外から見ると心配です」
北タイ・ミェン族 有澤達朗、たまみ

北海道の夏、寒〜い  久しぶりに会った私の両親も主人の母も年齢と共に一回り小さくなったような気がする。「ちゃんと、食事の管理をしないと周りに迷惑をかけてしまうよ。」と心筋梗塞で倒れた主人の母。健康的な食生活を心がけ、毎日欠かさず運動している親たちを見て、改めて己の健康管理の甘さに気づかされた。
 チェンマイでの疲れがかなり溜まっていたのだろう、後から帰国した私を待ってか、主人が一週間寝込んだ。クリスチャン・ドクターにも検査でお世話になった。それが、ゆっくり休むことにつながった。それ以後、主人の体調は良く、腰痛も出ていない。
 神様のご配慮と多くの方々のお祈りに心から感謝します。(たまみ)
 タイからの帰り、飛行機で隣に座った人は日本人と結婚して関東に住むタイ人女性で、この方がこう言っていました。「日本はストレスが多い、タイはストレスが無い。日本は若者がお年よりを敬わないが、タイは敬う。日本はうつ病が多い、タイでは少ない。日本は自殺が多い、タイはほとんど無い」。
 そんな会話があったので、日本に着いてから本を読むと「過去五年続けて自殺者は三万人を越えた」とのこと。別の医師によると五十代後半の男性に多い。働き盛りで管理職にある男性たちが「生きる目的と意味が分からない」という痛々しさ。
 また青少年の様子と言えば、十七歳の男子高校生が「明日殺す」とホームページに書いた上で同級生を刺した。中学生の兄が小学生の妹の頭を殺意を抱いてバットで殴った。十五歳の少年が両親を殴り殺した。十五歳の弟が十七歳の兄を刺し殺した。その前に兄は弟を何度ものこぎりで切りつけていた。
 たまに帰国し知った振りをして語る不遜をお許し願いたいのですが、日本は異常な国なのだということを、はっきり認識する必要があるのではないかと思います。母の急病という理由の一時帰国でしたが、神様はこういう形で日本の現状を見せ、日本のためにももっと祈るように導かれたのだと思います。
 十三年前にお伺いして以来、再訪していない教会の方々が、変わることなく私たちのために祈り支えていてくださることを感謝します。来年六月ころまた帰って来ますので、その時には中国、四国、沖縄の本当に久しぶりの方々にお会いして共に祈りたいと願っています。(達朗)

【祈りの課題】
1.達朗師の母上の順調な回復を感謝。体力がつくように。また、たまみ師のご両親が元気でいるため、タイでの宣教に従事することができることも感謝。有澤師夫妻のご両親の救いの為にお祈りください。
2.3ヶ月の帰国中、論文書きは遅れましたが、いくつかの教会を訪れることができたことを感謝。チェンマイに戻り、来年3月までに書き終えることができるようにお祈り下さい。


「主が成長させてくださる教会」
カンボジア・プノンペン  今村裕三、ひとみ

韓国と日本からの短期宣教チームとともに  先日、約一年ぶりに西村師が働いておられるニャックルアンに行くことが出来ました。前回は、体調を壊して礼拝だけの参加でしたが、今回は新たに始まった村での開拓伝道の現場を訪問したり、青年たちと交わるときが与えられ感謝でした。驚いたのは、一年前に西村師が訓練していた青年達の目を見張る成長ぶりです。西村師は、今でも問題はあるとおっしゃいますが、その青年達は、子供伝道をリードし、子供達をよく面倒見ていました。聖日礼拝も主をおそれ真心から礼拝するよい時でした。
 ニャックルアンの地で、福音が広がっていく様を見ることが出来るのは本当に嬉しく、主の業を誉めたたえます。今回、韓国と日本からの短期宣教チームが蒔いた福音の種が芽を出し、実をつけるときを期待しながら祈りたいと思いました。
 六月号のムシできない虫の名前はカンボジア語で「トッカエ」と言うそうです。この生き物は「トッカエ、トッカエ」と鳴くのでそういう名前だそうです。現地の人は、幸福を家に呼び込むと信じているので、殺したりせずにそっとしていると教えてくれました。私たちが遭遇したトッカエの色は水色地に濃い赤の水玉模様でしたが、他の色の組み合わせのトッカエもいるそうです。日本語名は不明です。卒倒せずに、そっとしておくにはもう少し時間がかかりそうです。皆さんのお祈りに心から感謝します。(裕三)
 教会学校に来ている子供のお母さんがエイズで亡くなり、その子の弟(生後六ヶ月)もエイズウイルスに感染していることが分かりました。しかし、家族は育児を拒否したので、その赤ちゃんは、エイズ患児のための孤児院に引き取られました。
 先日、私たちは、その赤ちゃんのお見舞いに行きました。そこには手足が異様に細い乳幼児達が、だるそうに寝ころんでいました。子供のほとんどは年齢より遙かに小さく、ある子は二歳なのに八ヶ月くらいの大きさでした。その子は、肉のない弛んだ足の湿疹をポリポリと力無く掻きむしっています。わずか二歳というのに人生のすべての悲しみを経験したかのような、寂しい目をしています。私は、だめかな?と思いつつ手を差し出すと、その子の気力のない目とは裏腹に手がすっと伸び、頭を私の身体にすり寄せます。抱き上げてみて異様な軽さに驚かされました。しかし、風船・折り紙などで遊ぼうと声を掛けますが、遠くを見ているような目をし、反応は殆どありません。やがて帰る時間になり、その子に「バイバイ」と手を振ると、その子は初めて私と視線を合わせ、か細い手をゆっくりと振り返し、はにかむように微笑みました。思いもよらなかったので、心が鷲づかみにされたような思いがしました。保健婦をしていた時に、「悲しい顔をした人に、笑顔が取り戻されていく、そんな時間を共有できることがこの仕事の醍醐味だ!」と思っていた感覚を思い返しました。カンボジアでも日本でも悲しい目をした人はたくさんいます。その目に神様の真の希望が取り戻され、笑顔が見られる。その時間を共有できることを、恵みとして共に喜びたい!そう祈らされました。(ひとみ)

【祈りの課題】
1.共に学びをしているダニー姉の信仰の成長のために。御霊に満たされて、悔い改めの実を結ぶことができるように。毎週の学びを通して聖書に基づいた信仰生活をすることが出来るように。
2.首都プノンペンには地方から毎年、4万人の人が移り住んでいるそうです。首都プノンペンで福音に触れる方が起こされますように。


「この木の器をも」
北タイ・チェンマイ 邦人伝道 野尻孝篤師・明子師

最初の聖餐式(すぐ後ろは舟喜師)  チェンマイに、最近、ウィックリフ聖書翻訳宣教師の田内先生方がA国よりお出でになりました。ご夫人の出産をチェンマイの病院でされるためです。お父様の舟喜信先生がこのひと月ほど、私たちの教会の礼拝に出席して下さっています。礼拝説教もして頂きましたが、ふだんの聖日は私が説教をし、舟喜師が祝祷をされ、まるで当教会の名誉牧師のようで感謝です。もっとも、毎回説教をする私にとっては相当プレッシャーですが‥‥。でもニコニコと「チェンマイのこの教会の将来が楽しみだ」とおっしゃって将来を見ていて下さるので感謝です。
 七月十日、聖日の朝七時五十五分、帝王切開で無事男の赤ちゃんが産まれました。お医者さんはクリスチャンだそうで、手術の後、教会学校で教えるので、この時間の出産となったとのことです。私たちもタイ人のクリスチャンのたくましさと忠実さに感じ入ったことです。
 教会では、先日、結婚式を挙げられたN姉の洗礼式が執り行われました。この会堂での最初の洗礼式です。結婚する前からクリスチャンでしたが受洗が式後すぐとなりました。日を同じくして、聖餐式が執り行われました。これも当教会初めてです。パンの皿はチェンマイ製の木をくりぬいた粗末な物ですが見つけて買ってきました。キリスト教書店で棚の中でほこりをかぶっていたものを、家で磨き上げました。当日、その器を見ていますと、自分も、主によって見つけられて、この御用に立つ者とされたのだな、とうれしくなりました。(孝篤)
教会での洗礼式  チェンマイに来て驚いたのはバンコクの雨季の晴天の中の一時的スコールと違い、この地方は日本の梅雨と同じような曇り空と雨模様の日が続くということです。一日、陽が出ないこともあります。でもどんな日であろうと室内はガンガン冷やす、それがタイ式のサービスです。その冷え冷えする内で、チェンマイ大学日本語学科のスピーチ・コンテストを聞きました。耳を澄まし集中して聞くと『ああ日本語だ』と分かるものから自然に耳に入って来るものまであり、我々のタイ語はどの程度だろう、と反省させられます。いろいろ考えさせられる内容が続きました。特に、津波の影響で人々が苦しんだ時、人の心の底にあった優しさ、助け合う心の慈悲の河が流れたとの表現や、被害者をホテルの持ち主が損得抜きで助けた、それは「仏像の背中に金箔を貼る人」(人の見えない所で善行をする人)、金箔は皆、仏像の前に貼りたがるのに、など、タイらしい言葉と内容が語られていて興味深いものがありました。タイのチェンマイの仏教徒の中で生きる私たち日本人クリスチャンの存在と生き方をも問われるひと時でした。(明子)

【祈りの課題】
1.野尻宣教師夫妻の健康のため。暑さなどにも負けずに奉仕を続けられますように。
2.タイに長く住んでおられる日本の方々ともコンタクトが取れるよう、その方々の慰めと救いのために、日本語教会が用いられますように。

2005年9月号  page1  page2


TOP PAGEOMF@宣教師.come宣教ニュース東アジア宣教ノート
宣教祈祷カレンダーOMFについてリンクe-mail

Get Microsoft Internet Explorer   HFJカウンタサービス   Go,HyperForJesus!



OMFインターナショナル日本委員会■〒272-0035 千葉県市川市新田1-16-14
TEL:047-324-3286 FAX:047-324-3213 郵便振替:00100-0-615052

© 1999-2005 OMF International JAPAN. All rights reserved. designed by HFJ.