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2014年5月号  page1  page2


「死からいのちへ」
―OMFカンボジア、祈りのニュースレターから―

MMCで働くインゲ・マティス師  麻酔専門医のインゲ・マティス師は、二〇一一年に二年間の滞在予定でカンボジアに遣わされました。その当時母国ドイツを二年間もの間離れるのは随分長い、と彼女は感じていました。しかし神ははっきりと彼女をカンボジアへ遣わし、医師として病院で働きながら信者、未信者を問わず、キリストの愛と福音を分かち合うよう召しておられました。そしてその後二年間、彼女は国立の医学学校で教え、海外からの短期手術チームの手助けをしてきましたが、最も多くの時を過ごしたのは「憐れみ医療センター」(以下MMC)でした。そこは非営利のクリスチャン医療センターで、カンボジア人にキリストの愛を宣べ伝えている施設です。ここにはインゲ師同様、他にもOMFの医師、外科医、看護婦、カウンセラーが勤務しています。
 
 昨年ある患者がMMCにやって来ました。彼女は腎臓の病の末期的状態で、国立病院で透析治療費が払えず、治療を拒否されてしまったのでした。彼女の家族は彼女を家に連れ帰って死を待つよりも、最後の望みをかけてMMCに彼女を連れてきたのです。MMCには医療スタッフと共に、霊的必要を持つ患者に福音を分かち合う特別なチームも常駐しています。 しかしこの女性患者は「私は仏教徒です。今もう変わる気力もないし、家族が何て言うかを考えると怖いです」と答えるばかりでした。透析治療はできませんでしたが、MMCは彼女を受け入れ、症状をやわらげるための薬を渡しました。翌週彼女はMMCに戻ってきましたが、まだ意識ははっきりしていました。そしてキリストを救い主として受け入れたのです。「もうすぐ自分が死ぬことはわかっています。だからキリストのもとに行きたいんです。」MMCの医師たちは彼女の身体を癒すことはできませんでした。その後まもなく彼女は亡くなりました。しかし今彼女はキリストにあって生きているのです。この事を通してインゲ師はこの働きの価値を見出しました。この働きは永遠の視点に立って、望みを持たない人々にいのちが与えられ、人生が変えられる希望をもたらすものなのです。
 
 インゲ師は母国ドイツでの一時帰国を終え、長期の働き人として再びカンボジアに戻り、MMCで働いています。そして彼女が教え、日々接しているカンボジア人医学生たちの中から、福音に心開かれる魂がさらに起こされるよう祈っています。インゲ師のように専門職を持つ器たちがさらに起こされ、宣教の畑に遣わされるようお祈り下さい。
 
暗闇の人々に希望の光を
 サムン兄は福音の力によってすでに人生を変えられた主にある兄弟です。しかし主はあわれみにより、彼の人生にもう一つの奇跡を行ない、彼のまわりのまだ暗闇の中にいる人たちに、ご自身の力と栄光を示してくださいました。
 
 サムン兄は家族の中でたった一人のクリスチャンで、そのためにプレッシャーも受けていました。しかしそれにもかかわらず、福音に敵対心を持つ村の中で、彼は大胆に福音を伝え続けていました。しかし昨年十一月、サムン兄は重病にかかってしまいました。未信者の妻はその晩、キリストに向かって夫の命を助けてほしいと泣き叫んだそうです。サムン兄はカンボジアで最上の国立病院に入院しましたが、病院に到着した時にはすでに呼びかけても反応せず、医療機器の助けなしには呼吸もできず、昏睡状態になっていました。その二、三日後、彼の家族は病院側からサムン兄が自宅で息を引き取れるよう退院させ、葬儀の準備をするようにと告げられたのです。
 
 家族は必死でサムン兄をベトナムの病院に連れていきました。しかしそこでも同じ宣告を受けただけでした。深い悲しみに打ちのめされ、愛する者の死のゆえにクリスチャンたちを非難しながら、家族は仏教式葬儀の準備を始めました。しかしサムン兄の家で行っていた小さな家の教会と宣教師夫妻がサムン兄のまわりに集まり、主に呼び求めたのです。その後彼が尊厳をもって召されるようにと口に入れられたチューブをはずしたその時、何回か咳こんだ後、サムン兄は自力で呼吸し始めたのです。
 
 サムン兄の家族は大急ぎで彼を五人のOMF宣教師が働くMMCに運びました。カンボジア人と外国人の両スタッフたちが看病にあたり、それと同時にサムン兄の癒しのために急遽祈り会がもたれました。このようにして葬式のために家に戻されたはずの男性が、二十四時間以内に回復に向かい始めたのです。意識が戻ったサムン兄が最初に言った言葉は「イエス・キリストを信じよう!」でした。
 こうして彼は村に帰り、村人たちは彼の人生に起こった神のみわざを目撃したのです。かつてすっかり意気消沈していた村の他のクリスチャンたちも、信仰と希望をもって再び立ち上がりました。今では毎晩サムン兄の家に人々が集い、みことばを学び、祈っています。出席者の半数は未信者です。サムン兄は彼の葬式のために家族がお金を借りた隣人たちを訪ねて、どのようにキリストが彼に第二の人生を与えてくださったかを話しました。MMCスタッフたちはサムン兄のことを「ラザロ」と呼んでいます。栄光の癒し主を賛美します。主はここにいる多くの人々が神の栄光を見て、彼らの王の前にひざまずくよう信じて祈る者たちに偉大な力を示してくださるのです。


「在ヨーロッパ邦人伝道ワーカー修養会」
日 本 ディアスポラ伝道 横山好江

在ヨーロッパ邦人伝道ワーカー修養会にて  祈りの友の皆様の祈りに支えられ、三月十~二十一日のイギリス出張の旅も主の導きと守りの内に全うすることができ、心から感謝しています。夫が主任牧師として奉仕する東京新生教会から、新年度は志木教会へ移ることとなり、引越の中での出張となりました。道が混んでいなければ車で三十分という距離ですので、三月初めに引越業者による第一陣を終えてから、徐々に運んだり片付けたりしました。住環境が定まらなくなると、こんなにも影響があるものかと実感しました。周りの方々に補っていただくことが多くなりましたが、祈り備えつつ、主に委ね、できることをさせていただいてここまで歩みが守られたのも、やはり祈りのお蔭と主に心から感謝を捧げています。
 
 十一~十二日の在ヨーロッパ邦人伝道ワーカーの修養会では、帰国者の帰国準備についてよく話し合うことができました。在外中国人伝道において、少数精鋭的に帰国者準備をするプロジェクトが進んでいます。訓練会を行ない、信仰の確信、教会生活、帰国後の注意点などについて、集中的に準備します。これを在外邦人伝道でどのように進められるかについて検討しました。
 
 十三~十七日のリーダー会議は、いつも以上に話がはかどり、二〇一五年から導入されるOMF新組織の中での変化に対応するために必要な話し合いもでき感謝です。
 
 昨年夏に短期宣教でカナダから日本に来たJ君から祈りの課題として挙げられ、ここ二年余り祈っていたH・Eさんが一月に救われ、二月にトロントの日本語教会で受洗されたとの嬉しいニュースが入ってきました。別の方が紹介して下ってHさんとのメールのやり取りが始まり、大きな励ましをいただいています。トロントで初めて教会に通い始め、バンクーバーに旅した際にシュミット夫妻と出会われことが大きく影響して、トロントに戻って今度は日本語教会に行かれ、日本語で聴くメッセージに涙し、救いに導かれました。教会のサイトに証しが載っていますのでどうぞご覧ください。下にあります。
 http://www.jgct.com/nichigobu/Akashi.aspx

【祈りの課題】
1.E・Hさんのように(報告本文参照)海外で救われ受洗した方々が、キリストを主として歩み、日本に戻った後もキリストの体に連なり、建て上げていくことができますように。
2.2015年から始まるOMF新組織の中で、ディアスポラ伝道部が変化に対応できるよう、必要な3つの重要ポストに人材が与えられますように。良き備えができますように。


「泣け!」
北タイ・ミェン族 有澤達朗、たまみ

洗礼候補者として絞られてきたワット君(左)とサックチャイ君(右)。左から2番目は二年前に受洗した姉妹。  皆様との祈りの約束に違反して引き受けた三月の全ミェン族教会聖会でしたが、違反してもお祈りくださり、恐縮しております。神様の豊かな助けを体験しました。
 
 今年の聖会には五県からミェン諸教会の会員と求道者の約百八十人が参加。集会の合間には忙しく人事活動も行われます。ミェン教会協議会の四年に一度の運営委員選挙も行われ、十四年務めた委員長に代わり、ずっと若いジェット師が新委員長に選ばれました。私の立場は彼とそのチームの委員七人の相談役です。
 
 人事の最初の事案は三年務めた若い牧師が「辞めたい」と言っていることへの対応。『宣教ニュース二〇一〇年八月号』で日本名を「繁善」(しげよし)とつけたミェン族の居候人を紹介しました。彼が辞めるとのことで、理由を詳しく聞きました。幼い理由ばかりでした。そして「無理もないな」と思わされました。
 
 まず、聖会の講師が典型的タイ人説教者で、タイの聖書学校の特色を現していたことです。説教の時間を計れば、笑いをとる話しと都会人の体験談が七割、聖書の説明が三割。こういうモデルを見て育った神学生が卒業すると、偶像礼拝と魔術の根付いた山岳地方で農業を営むミェン族の教会では使い物になりません。三年という期間は、聖書学校で筆記したノートが底をつく時間です。自分で聖書から原著者の意図をくみ取る釈義の作業ができない人、原意をミェン族社会へ適用できない人、救われていないたましいを丁寧にキリストへ導くために涙を流さない人は三年以内に移動します。
 
 繁善は泣きました。「あなたが三年そこにいて、新しく誰が救われたか?あなたの奉仕で霊的に成長した人の名前をあげてみよ」と迫ると、彼の目から涙がこぼれてきました。「もし自己憐憫の涙なら意味はない。ミェンのたましいが永遠の命を得ていないということのゆえに涙を流すのでなければ、伝道者として生きることは不可能だ。逃げは解決ではない」と告げるともっと泣きました。
 
 新運営委員長と教会役員と私は、繁善にもう一度チャンスを与えようと相談しました。彼が石にすがりつくように神にすがりますように、弱さと不足を認めて向上を切望するように、捨身で、死ぬ気で伝道し、実を結ぶように祈ってください。
 
『二○一四年二月号』の牧野直之師の言葉をお借りすれば「牧師、伝道者たちも、みことばを丁寧に、正しく解き明かすことより、ご利益を強調し、成果が挙がる方法の話や、聖霊なる神さまの働きを迷信のような霊と混同し、感情を高ぶらせて激しく煽ったり、祈ったりすることを聖霊の働きとしている人が多い」という背景があるので、「こんなに丁寧にみことばを解き明かす説教をタイで聞いたことがない」とのこと。全くその通りで、これがタイ・キリスト教界の状態であり、タイ・キリス者学生会の卒業生やスタッフは例外的です。
 
 私は、ミェン族の牧師たちもみことばの深みを味わい、その力で奮い立ってほしいと熱望しています。正しい方法と訓練次第で彼らにもそれができると信じています。現在あるミェン語聖書塾はタイ人の神学校とは違って、ミェン族に適した内容を教えています。これを踏襲しつつ、釈義と講解の能力がもっと身に付くように、教育課程を発展させたい。
 
 ミェン語聖書をミェン語の文法に沿って地道に忠実に読み取る作業をするときに、「へブル語を学んでみたい!ギリシャ語で読めたらいいなぁ」という気持ちが湧いてくるはず。そういう人が出てくるように祈りつつ、今ミェン語総合記述文法を書いています。(達朗)
 
 ある国で十数年にわたりミェン族のために奉仕してこられたご夫妻がいます。働きが多岐に亘り、彼の地ではミェン語を習得する機会がありませんでした。今回子供たちが成長し手を離れて行ったので、意を決してタイに移りました。一年半でミェン語を学ぶためです。年齢は私たちより少し若いだけですがベテランです。あの年齢であらためてミェン語を学ぶ謙遜さに、私自身が教えられています。高い山の眺めの良いミェン族の村に住み、「ここで言葉を学べるのはハネムーンです」と村の生活を満喫しています。お二人の主への愛とそこからくる喜びは、ミェン族教会に祝福をもたらしています。三月下旬のミェン族教会聖会では多くのミェン族の方々から大歓迎を受け、ちょっとした人気者になっていました。
 
 このご夫妻がミェン語を習得し、かの地のミェン族の中でますます用いられますようにと祈ります。主人がご夫妻の言語習得アドバイザーになっていますので、六月まで可能な限り良く助けることができますように、また近くにいますので、良い交わりのときが与えられ続けますようにと祈ります。(たまみ)

【祈りの課題】
1.タンマジャーリク教会の青年8人が洗礼準備会を受講していますが、現況では男子2人に絞られていく様子です。他の6人にも御霊が働き、真の悔い改めと信仰に至るように祈ってください。
2.5月28日~31日、ヤンゴンでの言語学会でミェン語動詞連鎖構造について発表します。出席者に、特にタイ人の教育者・学者にミェン語の認知が広まるきっかけとなりますように。


「主のまことは大いなるかな」
シンガポール 佐味湖幸

マニラに住む私のゴッドチルドレンとその子供(私の孫)  三月十四日にシンガポールを発って、三月三一日までフィリピンを訪問しています。
 
 この訪問の主な目的は三つ。一つはイナアナックと呼ばれるゴッド・チルドレンを訪問すること。フィリピンでは、結婚式、もしくは献児式でニーナン(女性、男性はニーノン)と呼ばれる第二の親としての務めを与えられることがありますが、私はフィリピンで奉仕中(一九九二年から二〇〇五年)に多くのイナアナックが与えられました。彼らの成長と祝福を祈り、時に必要な助けを与えることが二ーナンの役割です。今回、これらイナアナックに会い、近況を知ることが出来たこと、または彼らの子供たちは私の孫と呼ばれますが、その孫たちにも会うことが出来、喜んでいます。
 
アガペー子供開発センター第10回卒園式  第二の目的は、私が十年前ミンドロ島ピリ村で奉仕した時に始まったアガペー子供開発センターの第十回卒園式に出席すること。様々な所を通りつつも、十年に及ぶ主のご真実を見せられ、感謝しました。二十四人の子供たちが元気よくセンターを巣立っていきました。
 
 第三の目的は、このアガペー子供開発センターの運営を経済面で支えているピリ・プロジェクトの今後の事を話し合う事でした。実際的にプロジェクトの運営は、全て現地のピリ聖書教会の役員会の責任の元、現地のクリスチャンたちが運営していますが、私は日本でのクロスステッチ商品の販売を助けてきました。経済的な困難を通る中、もう一度初心に帰り、神様から与えられたビジョンを見直し、今後の方向性また実際的な打つべき手段などを一緒に考え、祈ってきました。
 
なつかしのミンドロ島OMFカラパンセンター  久しぶりのフィリピン。南の島の美しい自然、人々の温かいもてなしと元同労者たちとの腹を割った分かち合いなどなど、ものすごく豊かでゆったりとした時が流れています。感謝!

【祈りの課題】
1.4月から6月半ばまで関西の教会訪問が続きます。行く先々で主にある良い出会い、交わりがあり、日本の教会がさらに世界宣教に貢献するための励ましとなるように。
2.転換期を迎えているフィリピンのピリ・プロジェクトのために。主の導きと祝福がありますように。

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