日曜礼拝 
● 父と二人の息子
礼拝メッセージ
ルカの福音書15章11−32
この箇所はイエスがたとえ話をしているところです。
登場人物は‘父’と二人の息子‘兄’と‘弟’
‘弟’は道楽息子で父親から財産を分けてもらうと家を出て自由気ままな生活をし、結局分けてもらった全財産を使い果たしていました。一文なしになって食べるものにも困る状態に陥りました。おちぶれた、みすぼらしい彼にだれも救いの手を差しのべるものはいません。
そんな日々のうちに、彼もやっと目が覚めました。父親のもとに帰って謝ってもう一度人生をやり直そう。。。
さて、‘父親’はこの息子が帰ってくるの見ると駆け寄って抱きしめて大喜びです。そしてご馳走を用意し盛大な歓迎パーティーをしました。“行方知れず、死んだものと思っていた息子が元気に生きて帰って来たのだから。。。”
さあ、ところで‘兄’の方はどうでしょう。。。
父親のそばにいつもいて言い付けをまもり、コツコツと毎日まじめに生きて来たのに、そんなご馳走やパーティーなんか一度もしてくれたことはない(>_<)、と怒っているのは想像がつくと思います。僕もその兄の気持ちを自分自身で思う時がよくあります。
あいつは許せない。。。
僕は悪くない!と自分の正当性ばかりを主張したり。。。
でも、このイエスのたとえ話から学んだ事は、僕だって完璧じゃない、だれ一人として完全じゃない! ということを忘れないで、お互いに許しあったり、謙虚であってほしい、という事かなと思いました。結構むずかしいぃ〜、ですよね(@_@)
皆さんはどうですか? ‘弟’ですか‘兄’ですか? エッ‘お父さん’ですか?コメントください。